東美スタディ東洋美術学校 公式 →
← Museum Experience 奈良時代 · 770年 · 東アジア

Paper &
Print

紙と印刷のはじまり

文字が生まれても、本は1枚ずつ手で写すしかなかった。奈良時代、時の天皇が命じたのはお経を100万枚——手写しの時代を終わらせたのが〈刷る〉だ。 版木に和紙をのせ、ばれんでこする。じぶんの手で刷って、複製のはじまりにふれよう。印刷はグーテンベルクよりずっと前、東アジアで始まっていた。

01

なぜ、
100万枚?

奈良時代、仏教は「国を守る力」と信じられ、お経は写経所で1枚ずつ手で書き写されていた。写すこと自体が功徳——でも、とにかく遅い。

764年、恵美押勝(えみのおしかつ)の乱という大きな内乱が起きる。これを鎮めた称徳天皇は、亡き人を弔い国の安寧を祈って発願した——陀羅尼(お経)を100万、小さな塔に納めて全国へ。この経は“塔を建てれば救われる”と説く。だから、数が多いほど功徳は大きい。でも——それを、ぜんぶ手で?

お経を1枚ずつ手で写して、
100万枚。ぜんぶで何年

274

1日10枚 書いても、1人なら 約274年(休みなし)。

02

こすって、
刷る

版木に墨をのせ、和紙をかぶせて、ばれんでこする。出っぱった所の墨だけが紙にうつり、1枚 刷り上がる。

右の版木(=〈陀羅尼経〉を彫った板)に和紙がのっている。押したまま全面をこすると、墨の経文が出てくる。1枚できたらタップして次の紙へ。2枚 刷れたら、⚡はやく摺るで「版木は刷り放題」を体感しよう。

👆 押したまま、紙をぜんぶ こすってみよう
どんどん刷ってる…
1

03

版木の
しくみ

一度 板に彫れば、同じものを刷り放題。手で写すのとちがって、“版”が仕事をしてくれる——これが複製(コピー)だ。

100万枚 刷っても版は減らない。だから百万塔陀羅尼のような数が実現した。この木版が、やがて活版印刷や、何色も刷り重ねる浮世絵へつながっていく。

① 彫る木の板に、鏡文字で彫る(彫った所が凸)

② 墨をぬる出っぱった面に、墨をのせる

③ 紙をのせる版木の上に、和紙をそっと置く

④ こするばれんでこすると、墨が紙にうつる=1枚

一度 彫れば、
刷り放題。

— 百万塔陀羅尼 770年/木版で、約100万。印刷はグーテンベルクより前に始まった。

実物をみる

喜多川歌麿の浮世絵をすった木版(版木)。二人の女性像と着物の線が、彫り残された凸部として盛り上がり、左上と左下には鏡文字で題と署名が彫られている。
これが、版木(はんぎ)。喜多川歌麿の浮世絵をすった木の版(19世紀初め)。線はすべて彫り残した凸部。文字が裏返しなのは、刷ると正しく読めるよう鏡文字で彫るから。 奈良時代の百万塔陀羅尼も、原理はこの木版とおなじ。/所蔵:The Metropolitan Museum of Art(33.76.1・CC0)

刷ったお経は、木造の三重小塔(高さ約21cm)に1枚ずつ納められた——塔も経も約100万。年代がはっきりわかる最古級の印刷物だ。木版で“たくさん”にする技は、この先〈活版印刷〉で文字を組み替えられる部品に、さらに〈浮世絵〉で何色も刷り重ねる方へと広がっていく。

※「世界最古の印刷物」は韓・日・中で未決着のため、断定せず論争として提示。紙は蔡倫(105年)の“改良”で、発明ではない(前2世紀の実物あり)。図版は自作SVG+版木の実物写真1点(The Metropolitan Museum of Art・CC0)。全主張の台帳は museum/SOURCES.md。

© 2012-2026 東洋美術学校